このブログでは、シングルマザーとしての日々の暮らしのメモや、勉強したことの整理のための記録などをまとめています。
仕事のことや投資のことなども書いていますが、最近少し自分の中に焦りがある気がするので、行動指針を整理するために、自分の考えを整理しておきたいと思います。
愛だけで解決はできない! 生活していくにはお金が必要
愛よりお金とはいわないけど、お金がないと生活できないというのは真理。日本なら生活保護などもあるので、なんらか事情があったり、必要があればそういう制度に頼ることも考えるべきだろうと思っています。
だって、愛だけで子供を幸せにすることはできないから。
住む場所でも、服でもごはんでも、必要なものを得るためには基本的にはお金が必要になります。だからみんな働いているし、より良い職場で働くために努力をしたりもする。
仕事の場合はやりがいなどもあるでしょうが、やりがいがあるからお金はもらえなくて良いというひとはまずいないと思います。
大人でも子供でも、人間は他人と自分を比べます。比べたときに自分が劣っていると感じると劣等感を感じます。それは不幸につながると考えます。
なので、劣等感を抱かずに、胸を張って生きていられる程度にはお金が必要だと思っています。
生きているからにはより良い人生を目指す
では、お金が得られればそれで良いのかというと、どうもそういうわけでもなさそうです。
上で書いた「劣等感」の話などにも通じますが、「胸を張って生きられる」ことって、すごく大切だと思います。
自信があるひと、ないひと、いろいろだとは思いますが、「自分は自分としてここにいていい!」と思えているかが大切なのかなと思っています。
- 誰かにさげすまれて粗末に扱われている
- 悪いところばかり指摘されて自分をダメだと感じる
- 強く責められて自分の意見を出すことができない
- いつも何かに怯えて不安を感じている
- 生きていることを楽しいと思えない
例えば上記のような状態に当てはまるのだとしたら、それは本当に「生きている」と言えるのでしょうか。生きていないような生活を続ける意味はあるでしょうか。
私は自分の人生を自分で選んで良いし、自分の人生をより良くすることを望んで良い。
私は私として、今この場所にいて良い。
私にとってのより良い人生ってどんなもの?
まず3人の子供たちを幸せにすることが私の役目だと思っています。
そのために何をするか。仕事をして生活を安定させて、子供たちと会話する時間をつくって、子供たちが何か心配事があったり、迷ったりしたときに相談してもらえるようはお母さんでいたいと思っています。
でも私は、料理が好きでもないし、そうじも苦手だし、洗濯は洗濯機がするけど、それらを片付けるのもいつも面倒だなと感じています。
私は、「良いお母さん」を目指しません。それを目指すと自分が苦しいからです。
それよりも、子供たちと対話できる、「そこそこ面白いお母さん」を目指したいと思います。
そんなふうに、子供たちのことを考えて、子供のために考えてあげられる程度の余裕を得るためには、時間が必要です。
仕事をしてお金を稼ぐことも大切ですが、それだけでいっぱいいっぱいになるわけにはいかないし、自分に余裕をつくらなくてはいけない。子供のために時間を使える自分でありたい。
自由な時間を増やすために、お金が必要になります。楽しめることをするなら良いと思いますが、私の場合は料理をするのが面倒だなと感じますし、そのために時間を使うことももったいないと思います。
なので、そこに時間をかけない代わりに食べものを購入するという選択をします。すると、つくる場合よりもお金がかかったりします。なので、その分のお金を稼ぐ必要があります。
自分にとってより良い状態の生活にするためにお金を使いたいと思っています。
ゴールはどこ? 自分が何を目指しているのかを考える
将来的に、不安なく暮らすことがゴール。子供たちを人並みに育てて、それぞれに自分で生きていけるように仕上げてあげることと、自分が死ぬまでの間の暮らしを、不安のない状態にできれば良いと思っています。
- もっと幸せに
- もっと楽しい時間をたくさんに
- もっと美しく注目されるように
- もっと他のひとよりも幸せになりたい
そんな感じの欲もあるけど、そういうものはすべて相対的なもので、他人にマウントをとりたいだけのもの。マウントとるのは本当に幸せ? 自分が本当に欲しいものはなんだっけ?
仕事は好きだけどやりたくないこともある。やりたくないとしても勉強できるならやる気も出る。
私は自分でコントロールできる人生がほしい。やりたいことをやっていける人生がほしい。そのためには自由になる時間と、やりたいことを実行するために必要なお金がほしい。
楽しくないことはしてはいけない!という考えが軸
離婚をして、自分の人生が自分の手元に戻ってきた気がしました。そのときにたくさん迷って、たくさん考えて、決めたことがあります。
「楽しくないことはしてはいけない!」
これが私の行動指針です。楽しくないことはしてはいけないんです。楽しくないことのために時間を使ってはいけない。
こう書くと「そんな楽しいことばっかりのはずがない」というひとがいます。当たり前です。正直、なにを甘えているんだと思います。
「楽しいことばっかりじゃない」というひとは、ただ待っているだけのひと。楽しいことが向こうから来てくれると思っているか、今まで楽しいことを与えてもらってきたのでしょう。
楽しいことを与えてもらえたのは、そのひとが大切にされてきたからで、それはとても素晴らしいことです。
ただ、私は今、自分の人生を自分で生きていくことにしたので、誰かが与えてくれるとしても、それとは別に、自分で楽しいことを取りにいきたい。
私の指針「楽しくないことはしてはいけない」は、言い換えれば「楽しくないことは自分で楽しいことに変えなくてはならない」ということだし、それができないのであれば、それは本当に「楽しくないこと」なので、さっさとやめるということ。
自分の人生と子供の人生は別だけど伝えられることはある
楽しくないことをやらない人生を生きるためには、自分で自分の人生を楽しくしていくしかありません。
誰かに頼って生きるのも悪くないですが、私が今やりたいのは、自分で自分の人生を生きていきたいということ。
それをどうやって実現していくのかを、考えながら進んでいく姿を子供たちに見せることで、子供たちも何かを得ることができるかもしれないと思っています。
誰かが与えてくれるのを待っているよりも、自分で自分に必要なものを取りにいく。
誰かに与えられることは本当は少し怖いことで、与えたひとは、与えたよりも大きなものを奪おうとする。
そうではないひともいるかもしれないけど、私はきっと、与えられたら、何かを返さなくてはと思ってしまうので、結果的に消耗するのがわかっています。
与えられるのではなく、何をしたら良いかを自分で考えて自分で決めるのはとても大変だけど、自分で進めることを楽しんでいきたい。
そのためには自分で目の前にあることを整理して、何を優先して、どうやっていくか考えなくてはいけません。
この「整理」のあたりがあまり得意ではないので、これを楽しむためにも、「勉強して、学んで、整理ができる私」になりたいと思っています。
人間のこころはいつでも明確に色分けされているわけではないし、ぼやぼやしていたり、ブレていたりするけど、そこを自分で少しずつ整理していこうと思います。
そういうひとつひとつを、楽しみながら進もう。迷ったら楽しそうなほうを選んで。